「納豆は僕にとってデザート」

「納豆は僕にとってデザート」

「納豆は僕にとってデザート」

イギリス留学時代、同じ大学に通っていた日本人の友人と、
その友人のイギリス人の恋人と、よく三人で文化の違いについて
語り合っていました。

ある日、「好き嫌いが分かれる食べ物って何だろう?」
という話題になりました。

彼が迷わず挙げたのは、
イギリスで親しまれている発酵食品「Marmite」。
イギリスでは“Love or Hate”と呼ばれるほど、
好きな人は熱狂的に愛し、嫌いな人はまったく受け付けない食品です。

私たち日本人二人が挙げたのは、もちろん「納豆」

匂い、粘り、見た目。
決して“おいしそう”とは言われにくい。
でも、深く愛され続けている発酵食品。
国は違えど、どこか似た存在でした。

そんな会話の中で、彼がぽつりと言いました。

「納豆は、僕にとってデザートだよ。」

「え? デザート?」

聞き間違いかと思いました。でも確かに、デザートと言ったのです。

醤油ベースのタレをかけて食べているのに、どこがデザートなのか。
当時の私にはまったく理解できず、
その話は日本人の間でも小さな話題になりました。

それから時が経ち、いま私は納豆とチョコレートを掛け合わせた
“本当のデザート”をかたちにしました。

もしかすると彼は、納豆が持つ可能性を、
感覚的に見抜いていたのかもしれません。

食文化の常識は、国や視点が変われば、いとも簡単に裏返る。
当たり前だと思っていたものも、
見方が変わればまったく別の表情を見せる。

「納豆はデザートかもしれない。」

あの日の一言は、味の話ではなく、
固定観念の外側にある世界の話だったのかもしれません。

私たちは、まだ知らないだけで、
可能性そのものは、すでに目の前にあるのかもしれない。

納豆も、きっとそのひとつです。